今入亜希子のボストン日記 今入亜希子
今入 亜希子
いまいり あきこ
1991年から約5年間に渡り、青森朝日放送アナウンサーとして勤務。
その後2年間のカナダ留学を経て1997年からフリーランスとしてテレビやラジオ番組を担当。1999年より渡米し、アメリカで歴史的な黒人大学のひとつであるノーフォーク州立大学大学院に入学し、マスコミュニケーションを学ぶ。その経験を綴った著書「ブラックカレッジ 私の見つけた、こんな留学!」は文芸社から2002年9月に刊行。現在ボストン在住。
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日本では 3 月は旅発ちの季節ですが、アメリカに住む私も実は出発の日を迎えてしまいました。本当に突然なのですが、ボストンから引越しとあいなった私です。 3 年あまり住んだボストンから旅発つのはちょっとさみしかったのですが、新たなチャンスと出会いを求めての出発なので、不安以上に期待が大きいかもしれません。

転居先は実は、大学院時代をすごしたバージニア州のノーフォークです。母校の大学院からお誘いを受けての決断で、これからは本格的に母校の大学へ留学生を送るべく努力することになります。このエッセイをご愛読くださっている皆さんの中でも、もし留学を本格的にお考えになっている方がいたら、お気軽にご相談くださいね。


さて、転居にお話を戻して、ボストンからバージニア州ノーフォークへは飛行機でと言いたいところですが、女性一人でたくましく愛車のホンダシビックに出来る限りの荷物を詰め込んでドライブで南下したのです。お暇な方はアメリカの地図をご覧になってください。マサチューセッツ州からバージニア州まで、運転時間は 12 時間!絶対に疲れるから途中でどこかに一泊して向かった方が良いというアドバイスもあった中、ひたすらドライブを続けて一日で到着しました。昔から根性だけは負けないと自負している私です。でもアメリカというのは本当に大きな国ですね。行けども行けども目標地に到着しないという感覚を何度も実感しました。初めての長距離ドライブである私を心配した友人達が、懇切丁寧に教えてくれたノーフォークまでの道のりがとても具体的だったので、道に迷う事はほとんどなくたどり着いたのですが。

ボストンを去る前夜は友人宅に一泊させていただきました。日本人主婦である彼女は、しばらくは私が日本食を口にすることはないであろうと推測し、腕によりをかけた手料理=日本食で私の旅発ちを祝ってくれたのです。寒いボストンの夜にいただいた水炊きの味は忘れません。ご馳走様でした。

ボストンが 1 ケタの気温であったのに対して、南部の入り口とも言えるノーフォークは寒くとも 10 度はあるでしょうか。春の天候らしく肌寒かったり夏を思わせる気温だったりと不安ではありますが、ボストンの厳しさに比べたらわくわくするほど温かいのです。青森時代から海の無い生活は考えられない私なので、ノーフォーク港やバージニアビーチなど海に囲まれたこの土地はお気に入りです。 4 月ともなれば、連日 20 度を越す気温になることでしょう。もうここではダウンジャケットなどは不要なのでありました。でも冬に日本へ里帰りする時に備えもちろん厚手のコートはボストンから持参しています。

新しい仕事や、転居先の確保など本当にまだまだ落ち着かない日々が続きそうです。そうそう車のナンバープレートや登録変更も忘れずに。アメリカは州ごとに大きく法律が異なるので、州を越えて引っ越すごとに雑多な手続きもやり直しとなるのが面倒な所です。やっと自分の城だと実感できるのは、もう少し先になるのでしょうか。

来月にはきっとバージニアの魅力をたっぷりとお届けできる余裕がでていることでしょう。そう願いたいものです。

ボストンやニューヨークでお世話になった皆様、本当にありがとう。そしてこれからよろしくお願いします。

来月からはこのエッセイのタイトルも少し変更しないといけませんね。次回までの宿題にさせてください。ついでにこのエッセイのタイトル案も皆様から募りましょうか。何か良いアイデアがあったらメールにてお寄せください。

それでは心機一転の来月号のエッセイをお楽しみに!

I will catch you later!

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