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ハバロフスクと空港の間に位置する日本人墓地への立ち寄り墓参。
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ロシアの大地に眠る日本人。

§8 風土・そして旅立ち(5月2日)

  5月1日 午後4時40分トラツア−から帰ったが、博物館のすばらしい展示を再見するには残念ながら間に合わなかった。そのままアム−ル展望台へ。アンサンブルショ−を見ながら夕食を食べてからも8時、アム−ル展望台へ行き公園を抜け、メ−デ−帰りのたくさんの人の波に逆らって街に出た。喫茶店に行き紅茶を買って帰っただけだが、それでもロシア人世界にひと時遊んで楽しかった。

 アム−ル展望台はなぜか、そこに立つだけで気が安まる。この魅力は何物にも代えがたいものがある。そしてゆっくり落ちる落日の美しさにも他ではなかなか見られないものがある。広々としてそして美しい。

 さて、シベリアトラエコツア−の結論をここで私にまとめろと言われても、それは各回に一生懸命、自分の知識と愛嬌を総動員して相手に応じて語ることでしかないから、まとめられるはずもない。だいたい現場の状況はわかった。だから案内はできるが「知識」の方はおいそれとはいかない。自分のイメ−ジを持ち、自分の言葉で話せなくてはならない。「知識」を「相手」に応じてというのがポイントで「知識」を必要としない人には「楽しみ」を与えられるかどうかで応用するしかない。日本人は野外で人の話を真剣に聞くことには馴れていないだろうから。

  しかし「知識」なくしては今回の例でもエコツア−は不可能と思える。そのためにロシア語で私は読めないが、資料も買ってきたし自宅のナショグラなんかからもそれを得る。

  あと、話をするためにはウラを取る研究をすることだ。そう、それにセンタ−の主人に会って取材をすれば完全だろう。これらは今後多少の努力を要する。

  5月2日の早朝出発の帰国日、午前7時15分に日本人墓地に立ち寄るのは有意義で恒例の行事だけれども、そのために帰りのバスの中はどうも気が落ち込む。墓地では落ち込んでも、バスの中では重い沈黙を払拭するために「さあ、これで今回の旅はすべて終わりました。皆さんはもうあと飛行機に乗るだけです。」と気分を変えたいところだ。そう言わないと重い気分のまま飛行場に着いてしまって良くない。異国の地で亡くなった方がたの重さはその言葉で心の奥にしまい込みすぐリラックスを取りもどす。私としてはそうしたいところだったが、これについてはいろいろな判断もあろうかと思う。

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