154年前の幕末(1852年)。
長州藩(山口県萩市)の藩士・吉田松陰(よしだ・しょういん)が、熊本藩士の盟友・宮部鼎蔵(みやべ・ていぞう)と一緒に、青森県内の道、約300qを10日間かけて歩いた。松陰、数え年23歳のときである。
松陰はこの旅での見聞を「東北遊日記」にまとめていて、彼が歩いた道筋には今もゆかりの建物や碑などがあり、「道」というものが、歴史の舞台でもあり、先人たちの息吹を感じることが出来る。
今回は、秋田と津軽の境界に位置する羽州街道の矢立峠や碇ヶ関などを取り上げる。
矢立峠を訪れた吉田松陰は、相馬大作(そうま・だいさく)事件に関連した長い詩を詠んだ。
相馬大作事件とは、弘前藩9代藩主・津軽寧親(つがる・やすちか)を狙った暗殺未遂事件のこと。
企てたのは、盛岡藩の下斗米秀之進(しもとまい・ひでのしん)で、偽名として“相馬大作”と名乗っていた。
仲間の密告により、寧親の暗殺は未遂に終わり、大作は藩を出るが、後に幕府に捕らえられ、獄門の刑を受ける。
亡くなった盛岡藩の藩主・南部利敬(なんぶ・としたか)が抱いていた、津軽家に対する無念の思いを晴らすための武士道の忠義ある行為として、相馬大作は小説や講談、映画などで、もてはやされた。
吉田松陰が詠んだ詩は、
相馬大作の行為をたたえ、計画失敗を惜しむ内容である。
番組では、大作の出身地の二戸市で取材し、彼の根本的な考え方も探るほか、 「東北遊日記」の内容にも関連させながら、羽州街道の矢立峠や碇ヶ関地区の歴史的な話題などを拾っていく。
歴史番組としては異色の元気キャラクター・大瀬香織のリポートや番組内ではおちゃめな歴史博士ぶりを発揮する歴史学界の第一人者・長谷川成一(弘前大学教授)による解説、そして役者による再現イメージ映像をまじえるなど、わかりやすく伝える。
北の防備を憂いつつ吉田松陰が歩いた道をたどる歴史ロマン
「道に歴史あり!〜吉田松陰の足跡とあおもり〜」

矢立峠 |

相馬 大作(そうま だいさく) |
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