この置き物、青森から遠く離れた南の国から来た女性の陶芸作品なのです。
青森市の温泉施設「かっぱのゆ」の番台近くに置かれたショーケース。
年の瀬が迫ったこの日、2024年のえと、「辰」とかっぱの置き物が飾られました。
「かっぱのゆ」では毎年、青森県五所川原市の津軽金山焼に、かっぱとえとのコラボレーション作品10個ほどを注文しています。
一つひとつデザインや表情が異なる一点ものです。
【かっぱのゆ 鈴木亮店長】
「今年も、面白いかっぱのデザインだなと思っています」
「今年のかっぱは、ひょうきんな顔していますね」
ウサギ年だった2023年は、小さなかっぱがウサギの間でちょこんと座っているようなデザインでしたが、2024年は、少しぽっちゃりした体形のかっぱが、まるで竜と遊んでいるようなデザイン。
毎年作者が変わるという、こちらの置き物を作ったのは…。
プレシャス・グレイス・パレンニョさんです。青森からおよそ3600キロ離れた南国、フィリピンから来ました。
【プレシャス・グレイス・パレンニョさん】
(Q.雪は大丈夫ですか)「初めは大丈夫。毎日はノー」
土を焼いて作る彫刻、陶彫を専門とするプレシャスさん。津軽金山焼がフィリピンの国立大学と結んでいる留学制度を使って、2015年に一度津軽金山焼で学ぶと、その後、日本の伝統芸能を学ぶためのビザを取得し、2023年9月、再びやって来ました。
【プレシャス・グレイス・パレンニョさん】
「フィリピンの陶芸は、ヨーロッパやアメリカの影響を受けていて、日本の陶芸は希少です。フィリピンでも日本のスタイルを取り入れようとしているけれども、私はフィリピンの陶芸シーンの先を行きたい」
津軽金山焼では、30年ほど前から、合わせて10カ国18人の海外研修生を受け入れてきました。そこには、国内外関係なく陶芸家で居続けられる人を増やしたいという窯元の思いがあります。
【津軽金山焼 松宮亮二窯元】
「社会に出た時に、(陶芸家を)続けられる人というのは非常に少ないのですよ」
「どうやってネットワークを作っていくのか、作った作品をどこで発表して、(陶芸家として)持続できなければ駄目なので、販売の方法であるとか、そこまでも含めて教えていますね」
「2人で、1カ月に30キロの米を食べるの」
今回2度目の来日となる、プレシャスさんについては。
【津軽金山焼 松宮亮二窯元】
「彼女は才能ありますね」
「もっと技術がつけば、もっともっと良い作品作っていけると思いますね」
「かっぱのゆ」から発注される干支の置物は、研修生への宿題。かっぱは日本の妖怪なので、フィリピン出身のプレシャスさんにとってはなじみがありませんでした。
【プレシャス・グレイス・パレンニョさん】
「かっぱについて調べたら、かっぱはカメとカエルとアヒルの組み合わせてるようだった。だから、カメの甲羅、カエルの体、アヒルの顔の特徴が必要で、自分なりに組み合わせてみた」
スマートフォンには、かっぱの作品の写真がたくさん保存されています。
【プレシャス・グレイス・パレンニョさん】
「これは、大きいかっぱが、竜をハグしているの」
現在3人いる海外研修生の仲間と一緒に、松宮さんのもとで2年間勉強したのち、プレシャスさんは、母国・フィリピンへ帰ります。
プレシャスさんの将来の夢は…。
【プレシャス・グレイス・パレンニョさん】
「私の芸術家としての夢は、展覧会を開き、陶芸家として有名になることです。それと同時に、フィリピンで自分の陶芸の会社を持ちたいです」
プレシャスさんたち海外研修生は、日本の文化や技術を修得するためのビザで来ているので、作品を売ったりして収入を得ることはできませんが、衣食住の生活面は津軽金山焼が保障しているということです。
青森の文化が世界に発信するきっかけにも、今後なっていきそうです。