木邨将太アナウンサーの記事一覧

2011.09.06(火)

本州最北端の鉄道

written by 木邨将太

今は廃線となった大畑線の一部を保存しようと活動する人たちを取材しました。 これが大畑線を走っていたキハ85系。 今は国鉄時代にキハ22系として走っていたころの塗装になっています。 今でも旧大畑駅構内で月に1度、元気に走っています。 この車内に入った時の匂いが、「懐かしい匂い」という以外上手い例えが思いつかないんです。 過去にこの車両に乗ったことは無いんですが、地元を走っていて、小さいころによく乗った旧国鉄の車両を思い出させるんです。 113系って電車なんですけど、ちなみにその電車は8月をもって引退しました。寂しいです。 保存活動をしている「大畑線キハ85動態保存会」の皆さんも鉄道をこよなく愛す方々で、 「この地に鉄道があったことを将来に伝えたい」と熱意を持って保存活動に取り組んでらっしゃるのが伝わって来ました。 取材をさせていただいてありがとうございました。 放送では話さなかったんですが、実は私もキハ85(旧キハ22)を運転させていただきました! もちろん実車を運転するのは生まれて初めて。恐る恐るマスコンのノッチを入れて(車でいうアクセル)走らせました。もう、とにかく感動でした… 会の皆さん、本当にありがとうございました。   これは余談ですが、会の方が「どんな人が来るのか?」と思ってこのブログを見たそうです。 それで、TOP画像を見て「鉄道好きが来るってって分かって安心した」と(笑) ・・・このブログデザインにしておいて良かった、そう思ったきょうこの頃

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2011.09.05(月)

初のお山参詣

written by 木邨将太

お久しぶりです、木邨です。 実は入社して過去2年間、新人がやると言われつつやってなかった取材があります。 それがお山参詣の「朔日山」。 山登りの経験はありませんのでどうなるかとも思ったんですが、 去年うちの父が昼間に半袖短パンペットボトル1本で気軽に上っていたのでまぁなんとかなるだろう、そう思ってました。 (一応父は登山はけっこうやってたみたいですが・・・) そんなことはありませんでした。えぇ、リフトで9合目手前まで登りましたけどそれでも大変でした。 でも、その分見られた景色は、たぶん一生忘れないんじゃないか、という位素晴らしいものでした!   夜明け前 カメラマンも狙います 仮面ライダーオーズの変身ポーズ!最終回を迎えたのがとても寂しいです。 今年は東日本大震災の追悼のため、山頂の一番高いところにこののぼりも立てられました。 しかし大変だったのは帰り道。 何を隠そう私、高所恐怖症なんです。飛行機とかで空を飛ぶ分は良いんですけど自分の足で高いところに立ってるだけで恐怖。 日の出の後、上った道を見るととんでもない光景が!!? 「絶望したっ!来た道の横が崖だったと分かって絶望したっ!!」と心の中で絶叫しつつ山を下りました。   帰り道はまた苦労しましたが、それでも登って良かったと思えるきょうこの頃

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2011.08.11(木)

代打:木邨

written by 木邨将太

ただし、打席に立った結果はどうだったんでしょうね^^; きょうのスーパーJチャンネルaba、甲子園取材の対馬キャスター、そして震災取材の藤岡キャスターに代わってキャスターをさせていただきました。 初体験なのでとってもドキドキ。でも、それ以上にスタッフの皆さんがドキドキだったかもしれません。 とにかく、無事に放送が終わってホッとしております。 きょうの衣装はタカキューさんからお借りしました!ありがとうございます。 また代打でキャスターをすることがあるかもしれませんが、その時はもっと上手く、もっと伝えられるようにしよう…そう思ったきょうこの頃です。 あすは藤岡キャスターが戻ってきますよ!

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2011.07.25(月)

あすいよいよ決勝!

written by 木邨将太

に、なりましたね! 写真のように快晴の中での決勝戦・・・とはならないようなのが残念です。 野辺地西VS光星学院の兄弟校対決、勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか。 ABAでは午後0時50分から生中継でお伝えします。 そして、午前中10時半からは決勝直前番組「まもなく決勝!」も放送します。ぜひご覧ください。 3年目にして、ようやく実況デビューをしたきょうこの頃 ・・・来年はもっとレベルアップした実況ができるように精進します。

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2011.06.17(金)

鉄道だけじゃなく、ほかの乗り物の取材にも

written by 木邨将太

「SL津軽路号」に使われたデゴイチは電気機関車に引かれて高崎へと帰って行ったようです。 次に青森へやってきてくれるのはいつになるか・・・また来てほしいですね。 さて、お話は変わりますが、先月はこっちの乗り物の取材にも行ってきました。 エアバスA300-600Rという旅客機。 青森ー羽田便で活躍した飛行機で、私も帰省の際に何度かお世話になりました。 3月をもって引退する予定が、大震災による旅客需要の増加で引退が延期となっていました。 この飛行機が日本に初登場したのは20年前の7月20日。その初日から青森―羽田便を担当したそうです。 日本でのラストフライトがその路線というのが不思議な縁ですね。 青森空港には航空ファン他に、昔この飛行機で勤務したというキャビンアテンダントさんや乗務員さんたちも見送りに来ていました。 展望デッキにいた人、駐機場にいた人も、皆さ雲で機体が見えなくなるまで見送っていたのが印象的でした。   鉄道も良いけど飛行機も良いよね!と思ったきょうこの頃

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アナウンサールーム