2026.10.21(水)

長い間 お世話になりました

written by 木邨将太

まず、本来なら3月にブログを更新して皆さんにごあいさつしなければいけないところ、半年も更新しないままになってしまい大変申し訳ありませんでした。

文章を書いたものの、最後の更新に限って表示かきちんとされず、原因が分からないまま3カ月放置。

その後原因が分かったものの、日々の業務に追われてなかなか更新できないままになっていました。

いよいよブログのアカウントが消えそうだ…という話が聞こえてきて慌てて更新しています。

もうアナウンサーのプロフィールから名前が消えて久しいですが、もしよかったら最後までお付き合いください。

 

2009年3月に入社してから早17年、3月のハッピィの放送をもって 私のアナウンサー人生がひと区切りとなりました。

小学生の時からの夢がかないアナウンサーとして仕事をする機会を頂いたものの…実況ができない、滑舌が悪い、気の利いた言葉も出ない……最後まで、アナウンサーとしての能力は足りないままだったかなと思います。

こんな人間ですが、これまでアナウンサーとして仕事を続けて来られたのは、これまで番組をご覧頂いた皆さん、取材先やロケ先でお世話になった皆さん、様々な場所で声をかけて下さった皆さんのおかげです。感謝してもしきれません。

そして、いつも助けてくれた共演者やスタッフ、先輩後輩の皆さんにもこの場を借りてお礼を申し上げます。

足りないところだらけでしたが、ニュースの現場でも情報番組の現場でもできる限り 「全力」で突っ走ったつもりです。

いろんな現場から中継やリポートをお伝えしました。

ハッピィの中継ではここで書くまでもなくたくさんのトラブルがありました。
ニュースの中継では…しゃべってもしゃべっても一向に発車しない「寝台特急あけぼの」ラストラン中継が忘れられません。

大好きな鉄道のコーナーも担当できました。8年半の「ぶらり!民鉄の旅」と1年の「鉄旅あおもり」はアナウンサー人生のライフワークでした。

中継機材の進歩もあり、津鉄、弘南線、大鰐線とローカル線の中からはもちろん、北海道新幹線の開業日には走行中の新幹線の中から中継して北海道まで行ったりと…とにかく機動力のある中継ができたことが楽しかったです。良い時代にアナウンサーとして仕事ができたなと思っています。

他にも思い出はたくさんあり、話し始めれば尽きません。皆さんは私が担当した番組・放送で何が印象的だったでしょうか?

 

4月からは報道部員として(今までは制作部兼報道部でした)毎日の取材やニュースの項目を決めたり、原稿のチェックなどを行う担当がメインになりました。

Jチャンあおもりをご覧の際は「裏で木邨がハッピィの中継の時のようにバタバタしてるんだろうな」なんてたまに思い出してもらえたらうれしいです。というか現に大勢のスタッフを巻き込んで毎回午後6時すぎまでバタバタしています。ギリギリ6時15分に滑り込んで放送をスタートしてるような日も多いです。

もちろん、報道部の一員としてニュースの取材に出ることもありますので、どこかで見かけた際は気軽にお声がけください。

そんなに出来た人間ではないのでアナウンサーという仕事を「やりきった」とかアナウンサー人生に「悔いなし」なんて事はとてもじゃないけど言えません。まだまだしゃべりたかったという気持ちは大きいです。

けれど、伝え手としての手段や在り方は様々なものがあると思うので。まだまだやれることはあると思うので。

まずは報道という仕事、ニュースの番組づくりを通して皆さんに役立つ情報や面白い話題をお届けできたらと思います。

長くなりましたが、今後とも宜しくお願い致します。

4月から乗り換えた列車はどこへ向かうんでしょうね?

 

皆さんありがとうございました。

木邨将太

アナウンサールーム