三沢市で長年、暮らしを揺らしてきた戦闘機の騒音。3月、三沢市岡三沢5丁目と6丁目のおよそ265世帯が移転補償の対象になりました。騒音区域の見直しはおよそ27年ぶりです。
三沢市は2025年4月、基地渉外課に「移転対策グループ」を新設。住民とともに国への要望活動を重ねてきました。
【三沢市基地渉外課 田代史麿課長】
「市も一緒になって活動してきましたし、岡三沢5・6丁目の町内会の皆さんの活動を通して、我々も三沢市・三沢市議会もともに要望活動を行ってきました」
「ようやく、やっと移転措置区域に指定されたということになったので、念願がかなったのではないかと思います」
今回、移転の対象になった岡三沢6丁目の町会長小泉愃司さん83歳。半世紀近くこの地域で暮らしてきました。
【岡三沢6丁目 町会長 小泉愃司さん】
「これはアメリカだ。これはまだ高いところで飛んでるから、音は少ないですよ」
【田中大地記者】
「今聞いていても、小泉さんとの会話ちょっと聞こえないくらいです」
【岡三沢6丁目 町会長 小泉愃司さん】
「聞こえないですよ、ほら聞こえないでしょ」
「ほんとガラスもビリビリ鳴るくらい。訓練なんかすごいですよ、テレビとか電話は全然駄目です」
小泉さんの住宅には、国の助成による防音工事がこの50年の間に2回入りました。しかし、窓や壁を替えても戦闘機が飛ぶとテレビの音や会話はかき消されます。
【岡三沢6丁目 町会長 小泉愃司さん】
(Q.生活が全部飛行機が通り過ぎないとスタートしない)」「まったくもう話にならないですよ」
住民の体感は数字にも。
東北防衛局によると、岡三沢周辺の測定地点で80から90デシベル台の値が出る日があります。90デシベルは、会話がほとんど難しいレベルです。
27年前、小泉さんの住んでいる岡三沢6丁目でも、一本の道路を境に線が引かれ、基地に近い一部だけが移転の対象に。元々一つであった町会は分断されました。
【岡三沢6丁目 町会長 小泉愃司さん】
「いや~、あの時はがっかりした。やられたと思ったね、道路で切られたから。本当は(町会ごと)全部入る予定だったんですよ。それが残ったから」
小泉さんたちは、国や防衛局への要望を10年以上重ねてきました。
【岡三沢6丁目 町会長 小泉愃司さん】
「何回も10回以上でしょ」
「私がレンタカーのバスを運転して、予算がないもんですから、往復で朝に出で日帰りですよ。(県外まで)陳情して」
しかし27年前と同じように、一本の道路を境に別の“取り残される側”があります。
岡三沢7丁目に住む横山修治さん79歳。この地域で45年暮らしてきました。
【岡三沢7丁目 横山修治さん】
「(6丁目の移転は)良かったんじゃない?20年近く運動した成果が出たのかなって感じはしていますよ」
隣の地区の移転決定を、複雑な思いで見ています。
【岡三沢7丁目 横山修治さん】
「こっちは、向こうがうるさいうるさいって言ってるくらいウチも同じように、10メートルくらいしか離れてないからその差はないと思う。おそらく向こうと同じくらい騒音は大変だと思います」
「F35Aが来てからは、音がうるさいっていうよりバリバリっていうようなそういう騒音に変わってきましたよね」
取材中にも―。
【岡三沢7丁目 横山修治さん】
「使えないってことだから」
(Q.今もすごい音ですね、これくらいしゃべられなくなるんですね)「会話できないでしょ?」
(Q.会話できないです)「会話しても伝わらない」
(Q.今結構大きい声でしゃべりましたけど…)
この区域の指定について東北防衛局は、「騒音調査の結果に加え、住宅の所在状況や道路・河川など周辺地域の状況も考慮して決めた」としています。
横山さんにはさらに別の不安があります。
【岡三沢7丁目 横山修治さん】
「遮蔽物がゼロになる。この2階建ての家とか木が全部なくなっちゃって草原みたいになっちゃうはずだから、よそのところ見てると、だからもう音がストレートでくることになるから、おそらく今よりはうるさくなるんじゃないかなって想定してます」
移転で救われる地区がある一方で、さらに影響を受けないかと不安が募ります。
横山さんは、三沢基地があることでこの街が成り立っている現実にも、理解を示しています。
【岡三沢7丁目 横山修治さん】
「できれば基地はない方がいいとは思うんだけれども、経済的なものから見ると、ここに基地がなくなると三沢はもう村に戻っちゃうような気がする」
「何とか保てるっていうか、それはもうこういう歴史を踏んできたから、今更変えることはできないし元に戻ってほしくもないし」
27年ぶりに動きのあった騒音問題。基地と住民の課題は今も続いています。















