※この後、津波の映像が流れます。気分が悪くなる方は、ご視聴をお控えください。
15年前の2011年3月11日。太平洋沿岸に大きな津波が押し寄せました。八戸港では船が岸壁に打ち上げられ、ハマは壊滅的な状態に。
そして2025年12月には、八戸市で最大震度6強を観測した青森県東方沖地震が発生。市の中心街ではビルの壁がはがれ落ち、道路にはひび割れが。港では道路が隆起するなど、各地に深刻な被害をもたらしました。
【高橋芳樹記者】
「私は、ここ八戸市で2つの大きな地震を経験しました。いずれの揺れも相当激しく立っていることもままなりませんでした。私たちは、今なお大きな地震に対応するために、やらなければいけないことがたくさん残されています」
八戸市の白銀地区。沿岸部にほど近い場所にあり、およそ5200世帯、1万人ほどが暮らしています。こちらの地区では2025年12月の地震発生後、避難を巡って混乱が起きたといいます。
【白銀振興会 荒川繁信会長】
「もうここの駐車場は満杯、路上駐車。たまたまここに福昌寺という寺があり、そこを借りてそちらの方も満杯」
「通りも止めましたので、もう大変な状態」
連合町内会「白銀振興会」の荒川繁信会長です。
津波警報を受け、避難所となっている白銀公民館には、避難者の車が殺到。駐車場に入れず、周辺の道路では渋滞が発生しました。
【白銀振興会 荒川繁信会長】
「当時、(2025年12月)8日は深夜でしたので、ほとんどの方が徒歩というのは無理ということで、車の避難ということになったと思います」
また、災害時に備えて、日頃から家族の人数分の食料や水、最低3日分を用意して持ち出せるよう呼び掛けられていますが。
【白銀振興会 荒川繁信会長】
(Q.食料を十分に持ってきているような人もいなかった)「そうですよね。ただたぶん車で来ているから、車に置いているのか分かりませんし、避難所の中に持ってくるというのはちょっと」
(Q.意識して持って来ているようでもなかった)「そうですね。とにかく避難するのが先じゃなかったかなと思いますけれどね」
避難計画と実態のギャップは埋まっていません。
さらに、住民を惑わせるのが津波の「2つの想定」です。
1つは、数十年から百数十年に1度の比較的頻度の高い津波を想定した「L1」。もう1つは、数百年から千年に1度の最大クラスの津波を想定した「L2」。
想定が変われば、避難先も変わります。
【白銀振興会 荒川繁信会長】
(Q.津波レベルのL1・L2は浸透しているか)「いや全然、多分(一般の人は)知らないでしょう。(防災に)関係している人たちだけだと思います」
「地域住民に浸透させないと、いざという時に一番困るのは地域住民の避難する人」
八戸市が水産都市であるがゆえの課題もあります。
八戸港の周辺には、水産事業者が多く集まっています。中には、車両を複数台所有する事業者も少なくありません。
しかし、業界内で統一した避難ルールは定められていません。
【八戸魚市場 林崎孝志常務取締役】
(Q.水産業全体の避難ルールについて)「今のところは業界含めてそういうマニュアル的なルールというのは決まっていない状態です」
「社内的には、注意報の時にはこうする、警報の時はこうするみたいな感じのはあるのだけれども、漁業者・魚市場・仲買人・運送業者全部を含めた中でのマニュアルはどうしても必要かなと思っています」
八戸市は避難について「徒歩」を原則としていますが、果たしてそれで十分なのでしょうか?熊谷市長は。
【八戸市 熊谷市長】
「津波の際は夜間であろうとも、冬季であろうとも、原則的に徒歩避難としております。これは車で避難する人が増えますと、どうしても渋滞が発生することによりまして、命を失う危険性が高まってきます」
「東日本大震災、そして先般(2025年12月)の地震の経験を踏まえまして、例えば防災意識の向上でありますとか、避難計画の共有、そして備蓄の充実などを図り、八戸市として防災減災を進めながら、災害により強いまちづくりに取り組んでまいります」
「いざその時」では、もう遅い。自らの命は自ら守るという意識を持って備えることが重要です。
あなたの「逃げる道」は、今、確保されていますか?















