まずは海抜3.1メートルの表示がある通りに面したこちらの会社。社内の壁に津波の痕跡がいまだに残っていました。
【会社の方】
(あっ!)「この紙、当時から貼って使っているんですけれどここまで来てます」
(水に濡れた線が入ってますね、ここまで)
壁に貼ってある地図には胸の高さまで水に濡れた線が。
【会社の方】
「ここにいる以上、必ず起こることなので、またいつ来てもおかしくないので」「次の心構えにしておかなきゃいけないと思う」
同じ通りにあるこちらの商店でも話を聞きました。店主は逃げる直前に第一波の到達を目撃していました。
【店主】
「出てからすぐそこら辺まで波が来ていた、真ん中らへんまで、八戸大橋の下の方までシャワシャワと波が来ている」「この辺まで入ってますよ」
店主は店を訪れた人たちに当時の記憶を写真で伝えています。
【店主】
「ここ、写真。結構貼ってある、当時の写真を記憶を、また地震が来たら大変だなと思って、まだもっとあるけどとりあえずちょっと貼っておいて、今朝市とかもあるから観光客が来るじゃないですか、これがそうなの?って、ここだよって言って見せている」
さらに海の近くへ。八戸大橋よりも海側、海抜2メートルの通りです。
通りで言えば2本海に近付いただけですが当時の状況を聞くと、押し寄せる津波の切迫感が変わります。
【社員】
「2階の人からプリンターのケーブルだったかな、ひもを出してもらってつかまって津波が行くのを車の上で過ごしたというのは聞きました」
こちらの会社はオフィスが2階にあるため、普段から八戸港が目の前に広がります。当時を振り返り、津波は予想外だったと話します。
【社員】
「3.11の2日前に地震があって、その時津波が来るというので確かに来ました。10センチか20センチの津波でした、なので3.11の時もそんなもんだろうと思ってしまいました」「3.11は本当に忘れてはいないですし、忘れてはいけないなと思う」
こちらの漁業者は震災当時、漁船を確認した後、八戸大橋に避難。その場所から津波の脅威を目の当たりにしました。
【漁業者】
「八戸大橋の上に避難して見てたけども」「ガソリンスタンドの屋根の近くまで来てたからね」
(Q.水面から4m以上)「来た来た、もっともっと来ましたよね、水面からだったらかなり来たんじゃない?この岸壁からでも5、6m来たんじゃないかな」
(Q.そうすると水面からは7、8m?)「そうそう、船みんな揚ったからね」「まあ忘れることないからね、鮮明に覚えているから」















